海難について
投稿された 会員さん |
投稿日 | 投稿内容 |
symphily | 2003.02.25 | 先月、内之浦漁協での巻き網漁がなぜに哀しい事故となったのかも深く、興味があります。。 |
鹿児島のPOP | 2003.02.25 | お尋ねの件ですが、海難事故の原因に関してははっきり言ってよく判りません。 当事者が起こそうとして起きるものではないですし、証拠品も海の底です。 私も専門ではないですし情報も持ち合わせてはいません。 事故原因の多くは自然現象に起因する不可避なものであるとは思いますが、無理な操業、船体の不具合、監視不注意による漂流物との衝突など、人為的な原因から発生することもあります。 交通事故と同じで、漁船漁業を営む以上は必ず起こりうるものだとは言え、やはり哀しく辛いものですね。 ちなみに、漁業者さん達はこうした海難事故が起こると、それが漁船であろうとヨットやプレジャーボートであろうと関係なしに、自分たちの漁をほったらかして救助・捜索活動に出動します。そしてこうした活動は無償で行われています。 山で遭難したら、救助隊の費用は数百万円かかりますが、海では漁業者さん達のボランティアで捜索が行われているのです。 もし陸上と同じような経費計算を行えば、その経費は山岳遭難救助の比ではありません。でも、こうした無償のボランティア活動によって救われたダイバーが、漁業者さん達にお礼の一言も言わないで帰ってしまったことがありました。 海を利用したレクリエーション活動が盛んになっていますが、万一の時に漁業者の協力がなければどうなるか考えてみて欲しいです。 保安庁だけで十分な捜索活動はできません。 |
潮路のエビネ蘭 | 2003.03.03 | > ちなみに漁業者さん達はこうした海難事故が起こると、それが漁船であろうと > ヨットやプレジャーボートであろうと関係なしに、自分たちの漁をほったらかして > 救助・捜索活動に出動します。 ☆そうなんです!海の男達は本当に優しいのです。 > 活動は無償で行われています。山で遭難したら救助隊の費用は数百万円 > かかりますが、海では漁業者さん達のボランティアで捜索が行われているのです。 > もし陸上と同じような経費計算を行えば、その経費は山岳遭難救助の > 比ではありません。 ☆ちなみに内之浦の旋網船団の一ヶ月の損益分岐点は、約1千5百万といわれていますが、そんなものは打ち捨てて捜索に参加しておられました。 > でも、こうした無償のボランティア活動によって救われたダイバーが、 > 漁業者さん達にお礼の一言も言わないで帰ってしまったことがありました。 ☆ん〜、ない考えちょっとか!デスネ。 |
symphily | 2003.03.03 | > お尋ねの件ですが、海難事故の原因に関してははっきり言ってよく判りません。 (すみません、中略します。) > 交通事故と同じで漁船漁業を営む以上は必ず起こりうるものだとは言え、 > やはり哀しく辛いものですね。 そうですね。屋久島に3時間かけてフェリーで行きましたが、湾内と流れが確かに違うと言う事がはっきりとこの私でもわかりましたし。 ついこの前もフィリッピンに売りに出された船が転覆しましたよね。。。 > 活動は無償で行われています。山で遭難したら救助隊の費用は数百万円 > かかりますが、海では漁業者さん達のボランティアで捜索が行われてい > るのです。もし陸上と同じような経費計算を行えば、その経費は山岳遭 > 難救助の比ではありません。 そうですね。 2月に阿蘇地方での登山の事故状況のお話があったんですけど、保険に入っていないと、ひと財産なくしてしまう。というお話伺いました。 > でも、こうした無償のボランティア活動によって救われたダイバーが、 > 漁業者さん達にお礼の一言も言わないで帰ってしまったことがありました。 そうなんですか。 命をはって、探して下さっているのですものね。? ひとことがやはり、欲しいですよね。 > 海を利用したレクリエーション活動が盛んになっていますが、万一の時に > 漁業者の協力がなければどうなるか考えてみて欲しいです。保安庁だけで > 十分な捜索活動はできません。 この海辺とか水辺でのレクレーション活動なんですけど、平成14年から学習指導要領の改訂で、水辺活動を取り入れても良いことになったそうですね。 水辺活動指導者養成講習会というのが、鹿屋体育大学で昨年行われたそうですけど、来年度あれば私は、受講しようと考えていますが、 鹿児島大学にも公開講座があったら、私はとってもいいな♪って思いました。 (ただ、単に物理的距離が短くなるってだけの理由です^^) すでに教育学部など、取り組みがありましたら、失礼をお許し下さいまし。 それに、どの遊びにもリスクはあるんだというリスクマネージメントについてのお話も屋久島の研修ではあったんですけど、いままで万が一っていうところでの取り組みや学習はなかなか日本は薄い領域だと言うお話で、イベントに参加するほうも、企画する方も、ある程度はわかってないと、その一瞬で命を落としかねないですものね。 川から海に流されて行く人の前に、浮力があるロープを投げ入れるっていう実習を行ったんですけど、なかなか日頃、やっていないと、ちゃんとは飛ばないですね。。。 とても実感しました。 海や川に行く時には、この15mの浮力があるロープは入れておこうって思いました。 救助する時にはまず、自分の安全も確保しなければいけない。という話。 本当にその場になってみて力が発揮できるのか、いまでも私は不安です。 海では、漁業者の方々が参加してくださるというのは、海の恐さもすばらしさも本当に知り尽くしているからでしょう。 私の友人もお世話になった1人です。 悲しかったけど、漁師さんが発見して下さったと言う話を聞いて、心のどこかでちょっとだけほっとしたのが、今でも、忘れられません。 |
MANA・なかじま | 2003.03.04 | > ちなみに漁業者さん達はこうした海難事故が起こると、それが漁船であろうと > ヨットやプレジャーボートであろうと関係なしに、自分たちの漁をほったらかして > 救助・捜索活動に出動します。そしてこ うした活動は無償で行われています。 とSANOさんが書かれたことの意味とても大きいのだと、思います。 漁業者の漁業という生産や経営の、いわば「有償」の経済活動の世界については、社会科学の研究も行政的対応も普通に存在しますが、「無償のボランティア活動」の社会経済的な評価も、きちんと同様に取り上げていくことの意味を、昔から考えつづけてきました。 「鹿児島内之浦の海難事故について」状況がわからないので適切な表現かは不安ですが、一般的な海難事故や、マリンレジャーとの衝突のときに、こうした漁業者の立場にスポットが当てられるのですが、本来、漁村社会の営みや、漁業の活動の補助的な役割として、こうした「無償のボランティア活動」をとらえると言うよりも、もっと本流に置いて捉えられないのかなあと考えています。 一方で、漁業という経済活動がほとんどなくなってしまった漁業者の存在が、事実存在している立場では、無償のボランティア活動なんていったって、果たして国民に産業としての漁業の役割を納得させられるのか、などの反論も受けたりして、いろいろと悩んでもいるんです。 でも、このあたりを、きちんと捉えていくと、「海は誰のものか?」という答えも自ずから浮かびあがってくるんじゃないのかなあと、思うわけです。 |
symphily | 2003.03.04 | > 漁業者の漁業という生産や経営の、いわば「有償」の経済活動の世 > 界については社会科学の研究も行政的対応も普通に存在しますが、 > 「無償のボランティア活動」の社会経済的な評価も、きちんと同様 > に取り上げていくことの意味を、昔から考えつづけてきました。 ペイドワークとアンペイドワークについて。ですね。 なかなか興味深いものがあります。 このアンペイドワークについては漁業のみならず、まだまだ浅くといいますか、、いまだ周知されてないのでは。。。 金ももらえないのに働くなんて、あんたも、もの好きだねぇ。と、私は水族館で解説ボランティアしている時言われた事、なんどとなくあります。 しかしながら、そのボランティアをやっているおかげで、こうやって皆様ともお話ができるんですよね。 いろんな方々とお会いしてお話いただく事たくさんありましたし、それが私の基礎となっています。 お金が絡んだ人のつながりっていうのは、お金が消えたらそこまででしょう? 人のつながりっていうのは、お金では買える事なんて出来ないと私は思っています。 1997年でしたか、、、世界女性会議が北京で行われたのですけど、そこで、このアンペイドワークの重要性はかなり言われていました。 命に関わる行動。例えば、水を汲みに行く。食事を作る。子どもを育てる。 漁師さんが自分の命をはって、燃料代も計算せず探しに行く。 これらはみな自分の命をけずって、時間を作り行動を起こしているわけでしょう? 一般に言えば、ペイドワークしたあとの人生が日本人は、長いわけですから、当然、考えられてもいい領域ですよね。 > 「無償のボランティア活動」をとらえると言うよりも、もっ > と本流に置いて捉えられないのかなあと考えています。 本流とは? 海で海難騒ぎがあったばあい、遊漁船だろうが漁業船だろうが、海に生きるものとして、行動を起こしている。っていうのでは理解不足でしょうか? まだ、もっと奥が深いですか? 根深いものがあります?? > 一方で、漁業という経済活動がほとんどなくなってしまった漁業者の存在が、 > 事実存在している立場では、無償のボランティア活動なんていったって、 > 果たして国民に産業としての漁業の役割を納得させられるのか、 > などの反論も受けたりして、いろいろと悩んでもいるんです。 もったいない話ですね。 このお話がこのまま停滞しているという状態だけでも、日本の漁業の啓発や国民への周知を遠ざけているって事になりやしないでしょうか。 まずは無償のボランティアという行為が、そこにあらゆる可能性が無尽蔵にあるってことを理解なさっていないから、その反論はでてくるのではないか?と思います。 国民が、、と言われるその方々が、一度無償のボランティアを1年程やってみられたら、よろしいかと。。^^; かごしま水族館では、水産という設定での展示はしていないんですけど、名古屋港水族館では、水産漁業の水槽展示がありますよ^^ 11月に行われた50周年全漁連のイベントでも、私が通常いる水生生物としての展示ブースではなくて、水産漁業としての取り組みをだした展示ブースがたくさんありましたし、そこでお話を伺った職員や元漁師さんのお話もおもしろかったですしね。^^ かごしまの頴娃町では、リタイアされた漁師さんたちに対しては、陸上養殖など身体に負担が来ない職域で働いてもらおうと考えていると言うお話は、いいお話だなぁ。。って思いました.. 港湾関連で漁業権を離してしまうひともいらっしゃいますけど。。 あちこちの水族館ボランティアの方々とお話していますと、けっこう、リタイア組の方が参加していらっしゃいまして、それはそれは、もう、私にしてみれば宝の山のお話を伺う事ができます。^^ 漁師さんの知恵といいますか、ロープワークのてさばきには感心しますし、さかなの開きかたや昔はこうだった。など海や川を知る上では生き字引ですしね。 私が感じている事は、日本は海に囲まれていますが、日本人の全部の人が海を知っているわけではない。ってのが解説ボランティア活動をしていてわかりました。 ここにいらっしゃる皆様は、魚や海や川に少なからず関係していらっしゃる人が多く参加している事と思いますが、ほんとに知らない人は多いのです。 みぢかに魚を知るってのはだから、、スーパーの陳列やいけす、料理屋さんと魚屋さんのみでしょう。 昭和30年代から40年後半ころまでがんばってきた漁師さんのお話はほんとに、おもしろいですよね。これだけでも本になるんじゃないでしょうか。^^ 現場の漁師さんの話がもっと身近に聞けたら。 もっと私達は漁業をふくめて、海に関心を持つと思います。 だって、彼等しかそれは体感していないわけですから。 だれもが同じように、話せるものではないはずです。 必ず、命拾いしているお話もありますし。 > でも、このあたりを、きちんと捉えていくと、「海は誰のもの?」という答えもか > 自ずから浮かびあがってくるんじゃないのかなあと、思うわけです 漁業法で県知事が許可した海域があるとか、陸上の土地と同じ価値があるとか、私は昨年知ったしだい^^ > 「無償のボランティア活動」なんていう、ちょっと刺激的なキーワードをみつけたのでレス致しました。 有償のボランティア活動、ワーカーズコレクティブなんていうのもありますからね。。。 これって、神奈川県生活クラブが積極的に、日本でははじめてやりましたよね^^ これもアメリカからの方法の1つですから、日本ではやっと馴染んで来たかな。ってところではないでしょうか。 |
Kiyo Kamijoh | 2003.03.04 | 漁業者が沿岸の水難救助に大きな役割を果たしているのは、ご紹介のとおりです. しかし、全国的なしっかりした組織で行っている事も紹介したいと思います. 救助活動も基本的には無償ではありません *全国の中央組織として「社団法人 日本水難救済会」があります. 歴史は古く明治中期から始まっています. *各県には県組織として県水難救済会があります.これはボランティア団体で、 漁業協同組合等が中心の組織で、普通、各漁協に水難救護所が設けられており、 水難救助に当たります.漁業者はこの救護所員として、水難救助に当たる システムになっております. *県水難救済会は、沿海の地方自治体、水産関連団体などからの補助金等で 運営され、資材の購入(ゴムボート、ロープ、制服・・)、出動手当の支給に 始まり、関連の活動をしています.勿論、訓練も年数回は行います. *出動は海上保安庁、警察と連携して行い、補完的な役割を果たします. 元は、互助の精神と一片の義侠心で行っていることですが、近年はレジャー関連事故が増えているようです.一般の人は知る機会が少ないのですが、漁業者がそれなりに努力していることを認識して欲しいと思います. |
くりさん | 2003.03.05 | > *全国の中央組織として「社団法人 日本水難救済会」があります. ここのURLは、 http://www.mrj.or.jp/ です。 ご覧頂けば、概要は分かります。 この中の、海難救助事業に、神奈川県で行った出初め式の画像がありますが、サンデー毎日になる前は、毎年、出初め式への出席者の一人でした。 当日、40年勤続で表彰された方が、確か8人居りました。 30年、20年の節目ごとに、表彰されます。 60年、70年の人は居ません。亡くなるか、現役引退だからです。 救助活動の主体は、沿岸の漁協組合員です。 戦後の物資の無い時代、救助活動用のエンジン付きの船が、各県に順番でくばられました。 助けて貰った、ウインドサーフィンの若者は、お礼を言わない人もありますが、礼儀を知らないのではなくて、「自分に対して、恥ずかしい」からだと思っています。 救助に船を出すのは危険だと分かっていても、地元の漁業者達は、救助のために乗り出します。たとえ、遊泳禁止を無視した場合でもです。 全体の状況をつかんでいただきたいと、投稿しました。 |
MANA・なかじま | 2003.03.05 | 全国の中央組織として「社団法人 日本水難救済会」のこと、 > 救助活動の主体は、沿岸の漁協組合員です。 のこと、 > 救助に船を出すのは危険だと分かっていても、地元の漁業者達は > 、救助のために乗り出します。たとえ、遊泳禁止を無視した場合でもです。 のこと、どれも、これも非常に勉強になりました。 ありがとうございました。 前からテーマにしている、「漁協⊃地域漁民集団が、地先の海=漁業権設定水域で、地域外のひとびとが、ダイビングなどで水面を利用しに入海してきた時に、そのダイバーなどから水面利用料を徴収することができるか、そしてできる場合は、その法律的性格は如何」について、とても参考になることなのです。 言葉を変えれば、漁村にすむ漁業や海に関わりを持って仕事をしている人々によって、地先の海を利用し管理しつづけてきた営みや、暮らしの日々の繰り返しの歴史が、法律の権利と同じ『慣習』として、国民に認めてもらえるのかどうか、ということでもあります。そして、裁判所にも認めてもらえることになるのかということです。 「漁業権」は、営む権利であって、漁業を邪魔したり漁業に被害を及ぼすひとには排他性をもちますが、そうではない、一般的に海を利用する人々には排他性をもたない権利です。漁業権を、「漁協」が水面利用料を徴収する根拠とする(ことにほぼ同等の)判例がありますが、それだけでは、国民に広く納得してもらえることにはならないわけで、漁師の人たちの「無償のボランティア」(別に有償でも良いのですが)であるさまざまな海や浜や海沿いの環境をも含めて如何に「管理」(広い意味で)してきたのかが、とても重要に なるのです。 これまで、いわば知っている人には「漁師が海で困難に会った人を助けるのはあたりまえじゃないか」ということで、あんまり、そとに向かって声高に発言してこなかったのですが、こうした漁業権を「おはぎ」に喩えますと、外側をくるむアンコのような、漁村や漁村で暮らす人々の海との関わりのことに着目することはとっても大事なことで、「社団法人 日本水難救済会」のことなどにも取材を入れようかと考えていた矢先だったのでした。 |