土用の丑にウナギを食べるのはなぜ


土用の丑にウナギを食べるのはなぜ?
一般的に言われているのは、平賀源内が、あまりはやらないウナギ屋に頼まれて、「本日、土用の丑の日」という看板を書いて張り出したら、当たった。
これは、土用の丑に関する事が書いてる文書には、だいたい載ってることです。スーパーのチラシも、ほとんどこれです。
似たような内容で、大田蜀山人が「ウナギを食べたら病気にならない。」という内容の狂歌を作って宣伝したという説も有力です。
文政年間(1818年〜30年)に、大名にウナギを納入していた春木屋善兵衛という人が、大量のウナギを納入した際に、丑の日に納めた鰻蒲焼だけが変質しなかった、というところから「鰻蒲焼は丑の日に限る。」という事になったといいます。
これは、「正しい由来話」と書いている本もあります。
上と同じような内容で、登場人物が「元武士のウナギや」青木一馬という人だという言い伝えもあります。
これは、知らない人が多い説です。
ウナギは、虚空蔵菩薩の使徒だと言われています。(そうらしいです。こんなの知ってる人はほとんどいないのが現実ですが。)
そして、虚空蔵菩薩というのは丑年と寅年に生まれた人の「守り本尊」という事になっています。(この辺になると、無神論者の私は、ラチ外になってきます。)
それで、丑年の人が、虚空蔵信仰に結びつけて鰻蒲焼を宣伝したのではないかと言われています。

ところで「土用」ってなんやったかな?
いろいろ調べてみたのですが・・・・・・・・・・・・
「土用」というのは、ウナギを食べるという事で、夏ばかり注目されていますが、実は年に4回あるのです。
Webで調べていると「陰陽五行説」というのが出てきまして、そのうちに安倍晴明とか土御門家とかいう「呪術」(かな?)の世界に入り込んでしまって・・・・・・・・(^_^;)
実は、これはこれで面白かったりして・・・・・・・・・
土御門神社というのが、小浜の近くの名田庄村にあるというのをはじめて知りました
近々、小浜に行く用事があるし、その時にちょっと寄ってこようかなと思ってます。

まあ、それはおいといて、「土用」というのは、陰暦(旧暦)で、立春・立夏・立秋・立冬の前の18日間を言うようです。
陰陽五行説では、宇宙は木火土金水の5元素(5行)から成ると捉えます。
そして、この四季を五行にあてはめる場合、春・夏・秋・冬を木・火・金・水に配すると土があまるので、四季それぞれ90日あるうちの終わりの5分の1ずつを土にあてるのです。
この期間を「土用」と言います。

春は清明、夏は小暑、秋は寒露、冬は小寒の後、それぞれ13日目に「土用」に入り(「土用の入り」と言います。)、それから18日で「土用」が明けて次の季節が始まるのです。
そして、その18日間のうちの「丑」の日(これは干支です。)が「土用の丑」なのです。

今年(1999年)の場合、春の「土用の丑」は、4月17日でした。
夏の「土用の丑」は、7月24日と8月5日。(秋と冬は、まだ調べてません。(^_^;)
「土用」の期間に「丑の日」が2回あると、当然「ウナギを食べる土用の丑の日」は2回あるわけですね。今年は、2回あります。幸い、シラス豊漁で、「二の丑」には、新子が出てくるでしょう。

この「土用」の期間中に土を犯すことは慎むべきこととされ、昔は葬式などはこの期間中は延期されていたようです。

小暑から立秋までの夏の最も暑いさかりが「夏の土用」です。
暑さに負けないスタミナをつけるために、蒜(にんにく)・鰻(うなぎ)などを食べる風習があります。
「土用の丑」にウナギを食べるというのは、ウナギ屋の宣伝であることは確かだと思うのですが、それはそれなりに合理性を持っていたからこそ、現代まで続いているのだとも言えるでしょう。

                           この項目のみ、1999年4月18日記入

ウナギの旬
ウナギの旬は、
土用の丑の頃?
「ブー」ですね。
まず、今のウナギはほとんどが養殖物です。養殖池は、餌の与え具合や水温の管理などを、相場をにらみながら行います。
したがって、自然の状態で生育させているのではありませんので、「旬」そのものも、養殖ウナギについてはアイマイなのが現状です。
まして、冷凍の鰻蒲焼は、活鰻相場が安いときに作ります。(だいたい、9月〜3月)
そして、それが、年間をとおして販売されるのですから、全く「旬」などはありません。
みなさんが、もし天然のウナギを食べられる場合、秋〜初冬にして下さい。このころ、天然のウナギは産卵するために、餌を食べながら川を下り、海に入っていきます。
フィリッピン沖の産卵場まで泳いでいかなければならないのですから、たっぷり栄養をとって太っているのです。

ウナギの開き方とそのわけ
関東は背から開く
普通、言われているのは、江戸は侍の町で、「腹から開く」のは「切腹」に通じるために嫌われたという事です。
それで、「背から開く」ようになったということですが−−−。(寛政の頃までは、「腹開き」だったという説もあるようです。)
関西は腹から開く
一般的に、魚を開く場合、腹から包丁を入れます。関西は、商人の町なので、合理的に腹から包丁を入れたという説があります。
ただし、商人も「自腹を切るのを嫌う」のだから、「腹開き」というのはおかしいという疑問を呈する人もいます。
あのー、西の方は一般的に「腹開き」ですが、福岡は「背開き」のようです。なんでやろ?
技術的には、「背開き」のほうが、「すっと包丁に骨があたって開きやすい。」というのが、前川商店鰻部部長の中川さんの説です。
お店の売場に陳列したとき、「背開き」の場合は、腹の部分がへこんでいるため、タレがそこに溜まり「池」のようになったりします。
これは、見た感じが「綺麗でない」ので、あまり売れません。(関東の人は気にしないようですが。)
広島情報
99.08.04追記
広島では「背開き」の方が売れるようです。
そちらで流通しているのは圧倒的に「腹開き」ですが・・・「腹開き」だと身の薄い部分がちじむので、「背開き」をみせると大きく見え、得した気分になるようです。


  
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